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三重県・津市藤枝町赤線(遊郭)跡・乙部付近

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三重県・津市藤枝町赤線(遊郭)跡・乙部付近

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津市藤枝遊郭

旧津市の遊郭といえば、藤枝町がありました。
『全国遊廓案内』(カストリ書房)にもその名は記されています。
同書によると、ここは伊勢街道沿いの宿場として栄え、もとは飯盛女をおいていたものが許可を得て遊郭になったそうです。
歴史があるのですね。
この藤枝遊郭は戦後も赤線(藤枝待合組合)として存続しました。
一方、花街として有名な乙部付近にも赤線や待合がありました。
実態調査全国赤線青線地区総覧』(カストリ書房)という物々しい名前の資料にも、少しだけ名前が出てくる「極楽荘」がその代表です。
今回はとりとめもなく、これらの街をご紹介いたします。

まずは、藤枝町。
紀勢本線阿漕駅から徒歩で20分ばかり。
バスなら、津駅から32番のバスで藤枝南で降りれば徒歩1分のところに藤枝遊郭跡はありました。
トップのカラー写真が藤枝遊郭跡のメインストリートです。
でも、普通の住宅街にしか見えませんね。
予備知識無しにここを通りかかったとしたのなら、まさか遊郭跡とは気が付かないと思います。
むしろ、藤枝遊郭の北にある八幡町の方が、古い連子格子の家が連なっていて遊郭跡っぽいぐらいです。
けれども、この眠ったような住宅街にもかすかに遊郭の名残はあるのでした。
ちなみに、この写真、左にある赤い建物があったあたりには常盤楼さんがありました。

津市藤枝赤線

上の写真の建物があるあたりに妓楼、快喜さんがありました。
同じ家を裏の通りから撮影したのが下の写真。

津市藤枝遊郭・快喜跡

たまたま、ご近所の方がいらっしゃったので、確認したところ、この家は妓楼だったとのことでした。
年齢的に現役時代を知っていそうな方だったのでいろいろ話をお聞きしたかったのですが、お忙しそうだったので自粛しました。
残念。

津市藤枝町

さて、ところ変わって旧津市の中心部を見てみましょう。
下の写真、昔の住所でいうと丸之内南。
警察署の近くです。
このあたりには夕凪さんというお店がありました。
今でも、旅館ゆうなぎさんというお家がありますが、同じお店かどうかは不明です。

丸之内南

東へ向かいましょう。
津市内の中心部を縦断する国道23号線をわたります。
この国道23号線、ぼくのなかでは大山あたりの国道58号線と印象がだぶるんですよね。
車線は多いのに、並んでいる建物がくたびれている感じが特に。
余談ですが、年末のニュースで有名な松坂牛の朝日屋はこの23号線をもう少し北に行った左側にあります。
その手前、右側にははちみつまん本舗がありますね。
できたてのはつみつ饅頭はめちゃめちゃうまいので、ぜひお店で食べてみてください(津駅の物販は冷めているのでおすすめしません)。

瓢亭

国道23号線を渡って少し歩いたあたり、昔の片浜町。
上の写真のアパートがあった場所には同じ屋号のお店がありました。
裏には今でも水面が広がります。
入江のように見えますが、堀川という川があったようです。
往時はさぞかし見事な眺めだったのではないでしょうか。
ちなみに、この堀川を渡る橋の名前は極楽橋。
そう、この橋を渡ったところが極楽荘があった極楽町でした。
極楽荘については、春馬車さん(@jounalduvoleur)が、以前に場所を特定した航空写真を添えてツイートされています。
その場所を1965年の地図で見ると、昭和荘アパートとなっています。
これが、その後の極楽荘なのでしょう。
1972年の航空写真にも春馬車さんが指摘した建物は写っていますが、1975年の航空写真では消えており、この間のどこかで取り壊されたようです。

入江町

極楽荘のあった通り、今の県道114号線を北へ進むと、入江町、そして乙部です。
上の写真があるあたりはつるやさんや一作さんがありました。

入江町

上の写真のお家は、いい感じですね。
このお家の隣には美常盤さんがありました。

料亭好楽

昭和20年代、好楽さんというお店が乙部にありました。
1965年の住宅地図によると、上の写真のあたりには料亭好楽さんがありました。
同じ好楽さんなのでしょうか。
1965年の住宅地図、乙部のあたりは待合・貸席・旅館だらけで、眺めていると時を忘れてしまいそうです。

乙部

(2020年7月10日、2022年3月8日)

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藤枝遊郭

藤枝町

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