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三重県・桑名市長島町 伊勢長島水郷園赤線(遊郭)跡

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三重県・桑名市長島町 伊勢長島水郷園赤線(遊郭)跡

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伊勢長島遊郭神田屋の扉

伊勢長島遊郭は、JR関西線・長島駅、近鉄名古屋線・近鉄長島駅から徒歩で10分ほど、長島城阯のすぐ近くにありました。
『全国遊郭案内』(カストリ出版)では、三重県の項、最初に取り上げられています。
いわく、13軒103人。
さらに、『長島町史』によれば、桑名・桑陽園遊郭が空襲で罹災した時は、長島遊郭が一時的に引き受けたため、125名に及んだそうです。
けれども、どういうわけか、三重県警察史にはその名がありません。
となると、戦後は営業していなかったのかとも考えました。
もちろん、そんなことはありませんでした。
地元の方によると、売春防止法施行までは営業していたそうです。
その名も長島水郷園として、9軒の妓楼がありました。

伊勢長島遊郭

当時の建物は、売春防止法施行後も壮観な風景を形作っていたそうですが、昭和34年に長島を変えてしまう出来事がありました。
そう、超大型・伊勢湾台風の来襲です。
水の都である長島水郷園は、伊勢湾台風の被害をまともに受けてしまったのです。
長島遊郭地域跡にある「昔の生活用品館」に、伊勢湾台風のときに水が来た高さが示されていますが、それは人間の身長をはるかに超える高さでした。
この伊勢湾台風で、妓楼だった家のほとんどが基礎と一階部分をやられてしまい、建て直しを余儀なくされました。
したがって、当時の建物は、ほとんど残っていないのです。
妓楼だった家で残っているのは、「かねこ」さんだった家と、「神田屋」さんだった建物だけじゃないか、とのこと(下の写真が「かねこ」さん、その下が「神田屋」さん。「神田屋」さんの左の空き地が「福米」さんがあったところだと思われます)。

長島遊郭水郷園かねこ

長島遊郭水郷園赤線神田屋

そんな話を、昔の写真を見せながら、地元の方が丁寧に教えてくれました。
その方の家は妓楼ではありませんでしたが、ご近所の縁で、子供のころは女郎さんに子守をしてもらったこともあるそうです。
そこに自転車で通りかかった方がいます。
『おーい、おい』
私に遊郭の話をしてくれていた方が、自転車に乗った方を呼び止めてくれました。
その方はだいぶ通り過ぎていましたが、Uターンして戻ってきてくれました。
その方「昔の生活用品館」の館長さんだったのです。

 

伊勢長島遊郭昔の生活用品館

「昔の生活用品館」は、本来予約制なのですが、館長さんは予約もしていないぼくに、快く入り口を開けてくれました。
館内には、古家具や古道具が、たくさんあるのですが、きれいに整理されているため、とても見やすくなっています。
灯りをつけ、年季の入ったオーディオセットから音楽を流してくれます。
実は、「昔の生活用品館」はレコードや8ミリ映画などの収集で有名だそうで、遠方から訪ねて来る方もいるとか。
そんなレコードに興味を示さなかったのも、申し訳ないなあ、と恐縮しつつ、長島に来たのは遊郭が目的であることを伝えると、さすが館長さん、気分を害した様子もなく、大きな長島遊郭の地図を出してきてくれました。

気分を害さないのもそのはず、実は、館長さんは遊郭も歴史の一部として記録に残している人でした。
掲載の許可をいただいたので、下に載せましたが、妓楼の屋号も記入されてとても詳細な地図です(個人宅や一般の商店については、写真を修整して消しています)。
なお、写真の右下にある絵葉書に写っているのは、「高砂楼」さんという妓楼。建物に丸みのついた、見事なカフェー建築です(同じ絵葉書は『遊郭をみる』下川耿史・林宏樹にも収録)。
ちなみに、「桝屋楼」さんは和風と洋風3階建て(展望遊覧手すり付き)が連なった建築だったそうです。
今は影も形もありませんが・・・。

伊勢長島水郷園

「昔の生活用品館」館長さんが、次に見せてくれたのは、妓楼「明月楼」にあった玄関欄間です。
もう「明月楼」さんは、取り壊されてしまいましたが、立派な大店でした。
現在、「明月楼」さんの跡地には四軒の家が建っていますから、そこからも「明月楼」さんの大きさがわかります。下の写真、道路の左側の家のあたりです。
道路の右側、駐車場の向かいが「桝屋楼」さんがあったところです。
同じく下の写真、突き当たりが「雪月」さんがあったあたりですね。
さらにその下の写真は、「魚清」さんがあったあたりに建っていた建物です。

長島遊郭水郷園明月

伊勢長島遊郭

伊勢長島遊郭

「明月楼」さんだけでなく、長島遊郭は、料亭を兼ねた立派な妓楼が多く、大庭園が付属した華やかな雰囲気の遊郭だったとのこと。
「昔の生活用品館」館長さんは、京都の島原遊郭や、金沢の東茶屋街も行ったことがあるそうですが、伊勢湾台風前の長島遊郭の景観は、それらに負けないぐらいの規模で、国の「重要伝統的建造物群保存地区」として残しておきたいほど」の街並み風情だったと力説されていました。
さらに、博物館から50メートルほど離れた第2展示館で、「明月楼」さんの花代受取窓枠(七宝組子作り)と「神田屋」さんの扉を見せてくれました。
どちらも素晴らしいものですが、「神田屋」さんの扉はいかにも、という存在感がありますよね(トップのカラー写真が「神田屋」さんの扉です)。
最後に、遊郭近くのお寺の「花林院」へ案内していただき、娼妓が願いを込めて、日々お参りにきていたというお地蔵さんを拝見しました。
現在、館長さんは、長島遊郭のしおりを作成中とのこと。

今、「昔の生活用品館」の写真を拡大してみて気が付いたのですが、特別展「水郷園のしおり」という掲示がありました。
館長さんが作成中のしおりとはこれのことかもしれません。
皆さんも、ぜひ、電話予約をして「昔の生活用品館」に行ってみてください。いいお話がたくさん聞けると思いますよ。

※「昔の生活用品館」館長さんからご教示を受けて、大幅に改稿しました(2022年2月10日)。
  館長さん、お忙しいところ、どうもありがとうございました。

 

昔の生活用品館

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長島遊郭水郷園赤線神田屋

伊勢長島遊郭射的屋?
(2022年2月4日)

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